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なぜAIに指示が響かない?答えは「与える文脈(コンテキスト)」にあった

作成者: Tatsuhiko Yoshino|Aug 20, 2025 12:00:00 AM

「どうしてこんな回答になるんだ…」
「何度言っても、見当違いのアウトプットばかり…」

日頃から業務でAIを活用している方なら、AIに対して一度はそう感じたことがあるかもしれません。

生成AIの進化とともに、「プロンプトエンジニアリング」はAI活用の基本スキルとして広く浸透してきました。しかし、AIの文脈理解力や自己学習能力が向上するにつれ、単なる命令文ではAIの力を最大限に引き出せなくなっています。今や優れたプロンプトは、大規模言語モデル(LLM)を自然言語で「プログラミング」するような、知的資産としての価値を持ち始めているのです。

特に複雑なタスクにおいては、プロンプト単体では不十分であり、その背景や情報構造を含めた「コンテキスト(=文脈・背景)全体のデザイン」が、今まさに重要になっているのです。

Google DeepMindのシニアAIリレーションエンジニアであるフィリップ・シュミット氏は、2025年6月30日「AIにおける最重要スキルはもはやプロンプトではなく“コンテキストエンジニアリング”だ」(※1)と述べています。彼によれば、AI開発の失敗のほとんどは「文脈情報の欠如」が原因とのこと。つまり、どれだけ優れたプロンプト(指示)であっても、それを支える情報環境が整っていなければ、AIは本来の力を発揮できないということです。

従って、私たちがAIの回答にがっかりする根本原因の多くは、AIの能力不足ではなく、私たち自身が適切な「コンテキスト」をAIに提供できていないことにあります。これは、AIが一度でも間違えると人間以上に信用を失いやすい「アルゴリズム・アバージョン」(※2)という心理的傾向も関係しています。

(※1)参照:The New Skill in AI is Not Prompting, It's Context Engineering|Philipp Schmid

(※2)参照:https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2466040|Berkeley J. Dietvorst, Joseph P. Simmons, and Cade Massey

では、なぜ今コンテキストが重要なのでしょうか。それは、プロンプトの言葉選びの巧みさだけでは乗り越えられない壁を、テクノロジーとデータの理解で乗り越える必要があるからです。そのために不可欠なのが、以下の2つのリテラシーです。

  • AIリテラシー: AIそのものの仕組みや特徴、限界を理解する能力

  • データリテラシー: データの取り扱いや解釈に関するスキル

プロンプトエンジニアリングがうまくいくかどうかは、AIの技術的な特性(AIリテラシー)や、与えるデータの性質と品質(データリテラシー)をどれだけ正しく理解しているかに大きく左右されます。これらが不十分だと、いくら丁寧なプロンプトを作っても、AIの性能やデータの質を見極められず、期待する結果は得られません。

ここで、「プロンプト」と「コンテキスト」の関係を改めて整理しましょう。

  • プロンプトエンジニアリングとは、「AIに何をさせるか(What)」という具体的な命令文を磨き込む技術です。

  • コンテキストエンジニアリングとは、「AIがどのような知識・前提・制約の中で思考すべきか(Where/How)」という情報環境全体をデザインする技術です。

優れた料理人が最高の腕前を持っていても、質の悪い食材や不適切な調理器具しか与えられなければ美味しい料理は作れません。AIも同様で、優れたプロンプト(指示)だけでは不十分です。AIが最高のパフォーマンスを発揮するためには、私たちが最高の情報環境(コンテキスト)を用意してあげる必要があります。

それでは、具体的にどのようにコンテキストを設計すればよいのでしょうか。ここでは、クイズ形式で2つの基本的なアプローチを見ていきます。

テクニック1:情報の「圧縮」によるコンテキストの最適化

第1問:AIに長文を渡します。A~Cのうち、どの方法が一番効果的ですか?

A. 文章をそのまま全部コピペして渡す
B. 重要そうな部分だけを抜き出して、前後の文脈はカットして渡す
C. 文章全体を自分で要約し、要点を整理して渡す

■── 回答と解説 ──■

正解は「C」です。

これは単なる文字数削減のためではありません。AIが思考する上でノイズとなる無関係な情報を削ぎ落とし、重要な情報だけを含む純度の高い思考空間(コンテキスト)を作り上げる行為です。AIには、一度に処理できる情報量の上限(コンテキストウィンドウ)があり、大量の情報をそのまま渡すと重要な内容が埋もれてしまいます。情報を「圧縮」することは、限られたリソースの中でAIが最も効率的に思考できるよう、人間が文脈を「設計」することなのです。

テクニック2:情報の「選別」によるコンテキストの誘導

第2問:「会議の議事録」の要点をまとめさせたい時、どんな情報を渡すのがベストですか?

A. 会議の全発言ログ(雑談や脱線も含む)
B. 事前に自分で「重要そう」と思った発言だけをピックアップして渡す
C. 会議のアジェンダ(議題リスト)だけを渡す

■── 回答と解説 ──■

実は、どれも“ベスト”とは言えません。正解は「複数の情報を組み合わせて渡す」です。例えば「会議のアジェンダ+要点を抜粋した発言集」などが効果的です。

AIにどの情報を重視させるか、人間が意図的に情報の優先順位付けを行うことも、重要なコンテキストエンジニアリングです。会議の全体像(アジェンダ)と具体的な事実(発言抜粋)を組み合わせることで、「このアジェンダに沿って、これらの発言を重視しなさい」という思考のレール(コンテキスト)を敷くことができます。これにより、AIが的外れな結論に至るのを防ぎ、私たちの意図に沿ったアウトプットを生成させることが可能になります。

AIとのコミュニケーションにおいて、私たちは「どう命令するか」から「どのような情報環境を設計するか」へと、その役割を進化させる必要があります。

AIとのすれ違いというのはほとんどの場合、AIの能力不足ではなく、私たちが適切な情報環境(コンテキスト)を提供できていないことに起因します。これからのAI活用で求められるのは、単なる「命令の上手さ(プロンプト)」だけではなく、AIの思考の土台となる「情報環境の設計力(コンテキストエンジニアリング)」です。

AIを「万能の賢者」ではなく「優秀な思考パートナー」と捉え、その能力を最大限に引き出すためのコンテキストをデザインする役割を、私たち人間が担っていくことが重要です。

MONO-Xでは、FAX・電話・紙などを使用した手間がかかる作業にAIを導入して業務を効率化するためのAI開発を行っています。「自社のこの業務にもAIを使える?」「導入の具体的なステップを知りたい」など、まずはお気軽にお問い合わせください。

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次回の記事へ続く。